「ちょっと考えたらわかったよ。」
結構なことです。
「今思うと簡単だなあ」
あらら。
人間、何か一つに集中することができればだれでも賢いものです。
情報処理能力が高いとでもいいましょうか。
実際、上記のような出来事はよくあることだと思います。
ある時は天才的なひらめきができたり、
ある時はありえないミスを犯してしまったり。
そんな様子じゃいくら賢くなっても足りませんよね。
そこで私は、大事なのは賢いことではなく、賢くあることだと考えました。
ここでの賢いこととは、情報処理能力が高いことをいいます。
そして、賢くあることとは、賢い状態に保つことです。
意図的に賢い状態に保つためには、客観視が必要だと思います。
なぜならば、賢い状態というのは抽象度の高い視野から物事を見ることを必要とすると思います。
そのためには、やはり自分から一つ抽象度を上げた客観視が不可欠なのです。
僕が思うに、日常のルーティーンの中で頭を使う作業が限定されているような気がします。机にいるときのみ。トイレにいるときのみ。など。
それを、ふとした時に、意図的に頭を働かせる状態、抽象度の高い状態、賢い状態へと自分の脳を運ぶのです。
そして、できれば常に賢くあるのです。
結局のところ、人間は集中しようと本気になれば集中でき、賢くなれるのです。
しかし、物事には適切な”折”があるのですから、折を見逃さないためにも、常に賢くある必要があるでしょう。
いつでもいったん立ち止まり、遊び心を持って自分自身や状況を俯瞰してみてください。
世界が変わってしまうかもしれません。